大島弓子 「まだ宵のくち」との再会

wild_rose

” 質問ですが その極上の席というのはー
いえ 黄泉の国とは いったいどんなふうなんです”
”どんなふうって….いってみれば
やはり無ですよ”

– 「まだ宵のくち」大島弓子 ほうせんかぱん(白泉社文庫)収録 より

 

昔々にこの漫画を初めて読んだのは、たまたまランチに入った喫茶店に置いてあったからだ。大島弓子のマンガは子供の時に大好きだったが、この作品は読んだことがなかった。その頃は20才くらいで音楽にはまっててクラブで遊ぶのに夢中で、漫画からは遠ざかってもいた。しかしこの短編を読み終わった時、涙がこぼれていた。

「世界がこんな風に美しかったらどんなにいいだろう」と思ったのだ。その美しさと、自分を取り巻く現実の落差に、泣きたくなった。それを当時の遊び友達に話したら、彼女は「まだ宵のくち」を読んだことはなかっただろうけど、私が言いたいことをわかってくれた。彼女は自分も「四月怪談」を読んで号泣した、と言った。彼女は他のチャラい遊び友達とは違ってた。スレてなくて、夜通しクラブで踊りまくっていても、世の中で何が大切なことか、分かっている子だった。だから私は彼女がとても好きだった。

ずっと、「まだ宵のくち」をまた読みたいと思っていてかなわなかったが、先日20数年ぶりに再会できた。改めて読んでみて、自分は年をとったけれど、年をとったからこそ分かることがある、ということが、よくわかった。

初めてこれを読んだ時の自分はとても若くて、自分の望みとかけ離れすぎた現実に軽く絶望していた。でも今なら分かる、あの頃は、絶望するほどの状況ではなかったし、思い通りにいかない現実の中にも、価値ある何かがあったことが。

私は年はとったし、老後の不安も尽きない。世界からは貧困も、テロや暴力も、原発もなくならない。それでも、世界は美しいのだ。この作品と同じように。

(続き書きました)

大島弓子 「まだ宵のくち」との再会 – Part 2